成人歯科保健対策の普及・充実へ市町村保健師が期待すること



佐々木 健
(北海道苫小牧保健所 主任技師)


調査の目的および背景

 老人保健事業における歯科保健対策として、昭和63年度から健康教育、健康相談が、平成4年度から訪問口腔衛生指導が、平成7年度から総合健康診査の項目として歯周疾患検診が導入されてきた。また、平成12年からは歯周疾患検診を節目検診として単独で行うことができるようになった。しかしながら、平成13年度に北海道内の全212市町村を対象に行われた自記式アンケート調査(北海道保健福祉部地域保健課実施)によると、平成12年度に歯周疾患検診に取り組んだのは56市町村(26.4%)にとどまっている。同調査では、歯周疾患検診事業未実施の156市町村に対し未実施理由についても回答(選択肢方式、重複回答可)を求めており、「基礎資料が不足」82市町村(52.6%)、「他に優先する事業があるから」73市町村(46.8%)、「受診者数が見込めない」60市町村(38.5%)、「従事者の確保が困難」53市町村(34.0%)などが上位にあがっている。アンケートの回答者の大半は保健師と思われるが、これらの理由は同調査以前から指摘があったことでもある。しかしながら、このような未実施理由の捉え方では漠然としており、核心が明らかになっていないと感じるのは著者だけではないと思われる。その原因として、
(1)アンケートにより未実施理由の調査を行う場合、選択肢は調査者側で設定するため、未実施理由の解釈があくまで調査者側のものであり、回答者側からみて必ずしも妥当でない可能性がある、
(2)未実施理由の選択肢がある程度妥当だったとしても、実際の理由は複雑かつ混沌としており、重複回答可であるにせよ、択一式であるにせよ、選択肢方式のアンケート調査により把握するにはそもそも限界がある、
(3)例えば「基礎資料とは一体どのような資料のことを意味するのか」、「なぜ、歯科保健事業の優先順位が低いのか」、あるいは、「なぜ、受診者数が見込めないと感じているのか」など、未実施理由項目それぞれの意味や相互の意味関係が明らかにされていない、
などが考えられる。
 以上のような問題意識から、市町村保健師は歯周疾患検診を含めた成人歯科保健対策について一体どのように考えているかを調べるために質的調査を試みた。質的調査は、比較的未知の事象を「探索的に」調べることにより、新たな仮説を形成する際に力を発揮するからである1)。調査をとおして、市町村保健師が地域における成人歯科保健対策の普及・充実に関して、関係者の誰に何を期待しているかという観点から興味深い情報が得られたので報告する。

調査デザイン

 市町村保健師は成人歯科保健対策についてどのように考えているかを把握するために、数値では正確に把握することが困難な事象を理解したり解釈したりするのに有効といわれている質的調査手法2)を応用することとした。その中で、特定の話題について、人々の理解、態度、行動、感情、受け止め方、考え等の情報を引き出すのに優れた方法といわれているフォーカスグループインタビュー法3,4)を採用した。今回の調査では、一定の結論を導いたり、合意形成を図ることは目的とせず、成人歯科保健対策について、市町村保健師の中にある考え方や意見の拡がり具合を確認することを重視していたことからも同法の選択が適当と考えた。

調査対象のクライテリアとリクルート方法

 調査対象者は常勤歯科衛生士が配置されていない市町村に勤務する保健師からリクルートすることとし、過去に著者が勤務した経験がなく、研修会等においても関与する機会がなかった道内の保健所からAおよびBの2か所(どちらも歯科医師および歯科衛生士の配置あり)の管内の市町村保健師へ協力を依頼した。実際の依頼は、AおよびBの保健所職員(保健師、医師、歯科衛生士等)を通じて調査の趣旨と日時を電話により説明し参加協力を求め、この要請に応じた保健師をインタビュー対象とした。両保健所とも要請に応じた保健師は6名であった。A保健所における参加者6名のうち2名、B保健所における参加者6名のうち3名は、平成12年度に成人歯科健診事業を実施した市町村からの参加であった。保健所毎に6名を1組としフォーカスグループインタビューを行った。したがって、インタビューの回数は計2回で対象者は計12名である。

調査における質問項目

 調査に先立ちインタビューガイドを作成した。具体的な質問項目は、前述したアンケート調査の結果において明らかになった歯周疾患検診事業未実施理由を参考にし、表1のとおり設定した。すなわち、「基礎資料が不足」「受診者数が見込めない」については、住民ニーズと関連があると考え、ニーズ把握に関する質問項目を設けた。「他に優先する事業があるから」 「従事者の確保が困難」については、歯周疾患検診事業の必要性は認めていることを示唆する回答と考えられたことから、実際の事業導入や継続を想定した上での課題を抽出するための質問項目を設けた。こうした質問をとおして、市町村保健師が成人歯科保健対策の普及・充実に関して関係者の誰に何を期待しているかについて情報収集を試みることとした。

フォーカスグループインタビューを用いた調査による情報収集と分析方法

 実際の調査は、A保健所では平成13年6月中旬、B保健所では同年8月下旬に、それぞれの保健所会議室で行った。著者自身が司会を担当し、インタビューガイドに基づき表1に示す質問を行った。どちらのインタビューも70-80分間程度の時間を費やした。インタビューの内容は参加者の了解を得てをテープに録音し、後日、録音テープから逐語録を作成した。
 分析方法は次のとおりの手順で行った。
(1)成人歯科保健対策の普及・充実に関して市町村保健師が期待を寄せる対象者を「地域住民」、「歯科医師」、「歯科衛生士」、「歯科医師・歯科衛生士両者」、「保健所や大学等の市町村健康政策支援機関」と想定し、分析に際しての枠組みとした。
(2)逐語録から今回の調査の目的に相応しいと思われる重要部分を、意味がわかる単位で断片化(フラグメント化)した。
(3)各フラグメントを、期待する対象者として該当すると思われるところへふり分けていった。
(4)期待する対象者ごとに、ふり分けられたフラグメントを概観しながら、似通っていたり同じことを意味すると考えられるフラグメントをまとめていき、必要に応じ、いくつかのフラグメントをまとめたものに表札を付与し、カテゴリーとした。

結果および考察

 前述した手順に基づき分析を進めていった途中で、期待する対象者として「市町村行政保健技術職(自分も含め)自身および所属する組織」と「その他」が必要と考え枠組みへ追加した。
抽出したフラグメントを分類していったところ表2のとおりとなった。このような分析作業を通じて、市町村保健師は、成人歯科保健対策の普及・充実を図るに際し、さまざまな対象に対しさまざまな期待があることが明らかとなった。
 以下、それらについて考察を加える。
1.地域住民に期待すること 
 「歯科保健医療に対する態度や価値観が変わること」「歯科健診に対する抵抗感が少なくなること」「歯科保健医療に関し行政や保健師へ求めるものが高くなること」という3つのカテゴリーが抽出された。「住民の歯科保健医療に対する態度や価値観」について、保健師は、住民の間に治療中心の発想や歯は加齢に伴い失われていくという態度や価値観が形成されていると捉えているようであった。著者は、本来こうした態度や価値観があるからこそ、何らかの介入により改善を図る意義や価値があると考えるべきではないかと思っている。しかし、実際に保健師は、このような住民の態度や価値観があるがゆえに成人歯科保健事業の導入や展開がうまくいかないと考え、成人歯科健診等の事業への受診者数も見込めないと考えているようであった。
「住民の歯科健診に対する抵抗感が少なくなること」に関しては、実際にどのくらいの割合の住民がどのくらいの強さの抵抗感を感じているかについてデータが不足しており不明である。仮に多くの住民が歯科健診受診に抵抗感を感じているようであれば5)、早急な解決は困難と考えられるので、歯科健診以外のアプローチを検討した方が現実的であろう。
 「歯科保健医療に関し行政や保健師へ求めるものが高くなること」については、確かに住民から歯科保健医療サービスについて具体的な意見や要望が寄せられると、成人歯科保健事業も企画しやすく、展開も考えやすくなるであろう。

2.歯科医師に期待すること
「地域の歯科保健医療専門家としてふさわしい態度や行動」「住民の立場に立った歯科保健医療サービスの提供」および「住民が利用しやすい歯科医療環境づくり」という3つのカテゴリーが抽出された。「地域の歯科保健医療専門家としてふさわしい態度や行動」については、「予防への取り組み意欲の向上や住民への働きかけ」および「行政への働きかけ」という2つのサブカテゴリーも抽出されたが、背景として、地元の歯科医師は住民や行政への発言力や影響力が強いと市町村保健師が考えていることがあると思われた。「住民の立場に立った歯科保健医療サービスの提供」については、「住民(患者)と対等の関係となること」および「住民へよい歯科保健医療サービスを提供できること」という2つのサブカテゴリーも抽出された。通常、住民が歯科と関わりをもつ機会は、歯科医院における診療が最も一般的と考えられ、そうした機会における実体験や印象により歯科保健医療の価値観や保健行動の動機等が影響を受ける可能性は高いといえる。したがって、歯科医側が、従来ありがちであったパターナリズムから脱却し、相手の立場に立ったサービス提供することで、地域住民の態度、価値観、保健行動等が変化することを保健師は期待しているのではないだろうか。「住民が利用しやすい歯科医療環境づくり」については、「住民が利用する歯科医院を選択しやすくなるための情報の提供」「働いている人が利用しやすい診療時間となること」および「バリアフリーの歯科医院が増加すること」という3つのサブカテゴリーも抽出された。これらは、今後、地域住民の歯科医院へのアクセスビリティを高めていくうえでいずれも重要な要因と考えられる。

3.歯科衛生士に期待すること
「専門職としての主体性、専門性」および「全人的アプローチ」という2つのカテゴリーが抽出された。表2に示していないが、これらは、実際に成人歯科保健事業を行っている市町村保健師の発言から抽出されている。今後、現場で歯科保健医療サービスを提供する歯科衛生士の教育研修を進めていくうえで大変参考になるといえよう。

4.歯科医師、歯科衛生士両者に共通して期待すること
 「歯科健康教育や歯科健診に伴う保健指導の工夫や教育スキルが向上すること」というカテゴリーが抽出された。これまで日本における健康づくりは、健診を中心に展開が図られてきた。しかし、近年、健診やスクリーニングによる早期発見、早期治療という2次予防の限界は明らかであるといえる。疾病予防やQOL向上につながる行動獲得や変容を支えるためには、健診の実施だけでは困難であり、保健指導や健康教育の充実が強調されるようになってきた。市町村保健師から健康教育や保健指導の工夫や教育スキルに関する発言が出てきたのは、このような背景があるからではないだろうか。

5.保健所や大学等の市町村健康政策支援機関に期待すること
 保健所や大学等の市町村健康政策支援機関期待することとしては、「歯科保健活動(事業)を行う科学的根拠が提示されること」「歯科保健に関するニーズの把握から施策化・事業化へのプロセスの支援」「歯科保健活動(事業)の評価への支援」「予防を目的とした歯科保健活動のメニュー化」という4つのカテゴリーが抽出された。これらはいずれも健康日本21で求められていることに他ならないと考えられる。また、こうした支援は歯科保健以外の領域でも同様であり、市町村の健康政策全般に共通することであると思われる。

6.市町村行政保健技術職自身および所属する組織に期待すること
市町村行政保健技術職(自分も含め)自身および所属する組織に期待することとしては、「予算の確保・スタッフの確保」「歯科保健事業に関わる行政スタッフの意識が向上し、かつ共通理解すること」「歯科保健事業に関わるスタッフが共同学習を行うこと」の3つのカテゴリーが抽出された。直接の歯科保健業務担当者が責任を持って従事するとしても、孤立化せず複数の職員で共有、協議しつつ業務を進めたいという思いを持っているようであった。著者の経験では、人口規模が比較的小さく、保健師数も少ない市町村では、歯科保健を特定の保健師が単独で歯科保健業務に対応していることが少なくない。また、人口規模にかかわらず、比較的経験年数の浅い保健師が歯科保健を担当する傾向も強いように感じている。カテゴリーが抽出された背景に、このような現場実態も影響しているのではないかと思われた。

7.その他
 その他として、「職域へのアプローチ」および「メディアを通じた住民への歯科保健啓発普及」という2つのカテゴリーが抽出された。地域保健からのアプローチは、どうしても自営業や無職(パート含む)中心となりがちである。また、各種事業への参加も女性が圧倒的に多数を占め、男性の参加は概して少ない。また、歯周病の問題は40歳以降の中年期に顕在化しやすい。以上のような背景を念頭に置くことにより「職域へのアプローチ」に関するコメントが出されたものと思われる。また、「メディアを通じた住民への歯科保健啓発普及」については、確かに最近の情報通信手段の進歩はめざましいことから、こうしたルートを通じて住民へ歯科保健医療に関する情報を提供していく重要性については異論のないところであろう。

   ここで考察した内容は、いずれも著者が推察した仮説の域にとどまるものである。しかしながら、本調査の実施により、地域住民に対する基本的で直接的なサービス提供を担う市町村が、成人歯科保健事業を展開するための環境づくりやサポートとしてどのようなことが必要かについて、アンケート調査では把握することが困難と思われるような数多くの重要な示唆を得ることができた。得られたデータを参考に、今後、市町村において成人歯科保健対策に関するニーズ把握、企画、実践、評価等を展開しやすい環境を整備していくことを検討していきたいと考えている。
質的調査においては、調査者があらかじめ想定した仮説を検証するのではなく、データを収集する過程で仮説を浮かび上がらせることをめざすという特徴があることから、調査の目的に相応しい対象を抽出するという「合目的的サンプリング(purposive sampling)」6)というアプローチがとられる。今回、調査対象者を保健師としたのは、保健師が市町村の健康政策において重要な役割を担うと考えたからである。また、保健師のうち、常勤歯科衛生士が配置されていない市町村に勤務する者を対象とした。常勤歯科衛生士が配置されている市町村では、成人歯科保健対策を含む歯科保健業務全般について保健師が詳細を把握していない可能性があることと、現実に大半の市町村には常勤歯科衛生士が配置されていないからである。今回の調査は2組計12名の保健師を対象としているが、対象者の選び方が妥当であったかどうか、インタビュー対象者のグループ数や実人数が十分であったかどうかは検討する余地があるといえる。例えば、サンプル数を追加することにより、さらに新しいカテゴリーが抽出される可能性は否定できない。また、分析も本来は複数の分析者が合意をとりながら行うべきであるが、今回は著者が単独で行っており、分析の妥当性という点においても問題があるかもしれない。

文 献
1) ウヴェ・フリック(小田博志 他訳):質的研究入門,春秋社,2002.
2) 瀬畠克之,杉澤廉晴,大滝純司 他:質的研究の質をめぐる議論と課題 −研究手法としての妥当性をめぐって−,日本公衛誌,48(5):339-343,2001.
3) S・ヴォーン(井下 理 監訳):グループ・インタビューの技法.慶応義塾大学出版会,1999.
4) 安梅勅江 著 :ヒューマン・サービスにおけるグループインタビュー法 科学的根拠に基づく質的研究法の展開,医歯薬出版, 2001.
5) 佐々木 健:なぜ、歯科健診を受ける成人が少ないのか,ヘルスサイエンス・ヘルスケア,1(1):23-26,2001.
6) 瀬畠克之,杉澤廉晴:公衆衛生分野における質的研究のあり方,日本公衛誌,49(10):1025-1029,2002.





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