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患者の選好と選択


深井穫博 
(深井保健科学研究所)

 インフォームド・コンセント(informed consent)が浸透している現在では、歯科医師が患者に治療の内容を説明せずに、抜歯や歯の切削などの処置を行うことは極めて特殊なケースであろう。このインフォームド・コンセントは、1960年代の米国で患者の人権運動が盛んになるにつれて急速に進展し、1973年のアメリカ病院協会による「患者の権利章典に関するアメリカ病院協会声明」後、世界中な潮流として普及することになった。この前提には、疾患に対していくつかの治療の選択肢が提示されるという医療の技術進歩にかかわる時代背景があった。すなわち、「患者の人権」と「医療者としての説明責任」という医療の受け手側から提起された課題である。
 しかしそれ以外にも、このインフォームド・コンセントは「慢性疾患のセルフケアに関わる健康教育」という側面から捉えることができる。保健行動の変容・定着を図るためには、患者へ病状の説明やそのための治療法に関する情報提供は欠かすことのできない。一方、ターミナルケアや癌の告知などのようにその治療法やケアの選択肢がその人のQOLに深く関わるという場面で、患者の自己決定を支援する医療者側の対応が求められている。すなわち患者の「選択」(インフォームド・チョイス(informed choice))、あるいは「自己決定」(インフォームド・ディシジョン(informed decision-making))の重要性である。もちろん、「選択」あるいは「決定」にいたるプロセスは、その病気や障害の程度によって異なるものであり、生命予後と「人生の質」に深く関わる疾患と日常的な歯科治療の場合を一律に論じることはできない。しかし、どこまで患者が歯科医師の意思決定にかかわるのか、あるいは患者の何を歯科医師側は理解しなければならないかという課題と相俟って、「臨床における意思決定の共有」は歯科領域の研究分野でも盛んに追究されている1)2)。

「説明」のレベル
 一方で、「説明」や「同意」の程度には、どの場面で、何を用いて、どのような症状に対して、どの範囲までの説明が可能であるかという問題がある。この「説明」には一般的に、①患者の病状とその原因、②治療の内容とその有効性、③治療に関わる期間と治療費、④その治療法がもたらすリスク、⑤その治療を行わない場合の予後、⑥他の選択肢を用いた場合の利害得失などが含まれる。これらの「説明」に対して患者が「同意」をするわけであるが、患者はその内容よりも、むしろ「説明」を通して伝わる歯科医師の態度や姿勢をみているのではないかと思われることも多い。また、「無断キャンセル」にみられるように患者が翻意することもあるだろう。「同意」後の再考や理解し受け入れる(acceptance)心理的プロセスがある。
 そして歯科医師は、どこまで詳細に、あるいは不確定要素のある情報(例えば予後に関する予測)はどのように提供するのかといった疑問を持ちながら、日常的にはその場で判断して、患者に対応していることになる。この意思決定は、①臨床的な経験、②科学的な根拠、そして③患者の選好への対応のなかで行われるものである。

患者の選好と選択
「選好(preference)」とは、ある対象に対する好ましさの程度である。特に複数の対象を較べた時の選択や、好ましさのについての順序づけ(プライオリティー)をさすことが多い。態度の感情的成分に近い概念であり、この「どのくらい好きか」を測るためにミクロ経済分野や消費者行動研究の領域では、「効用(utility)」が用いられる。
 それに対して「選択(choice)」は意思決定によるものであり、選択の結果については不確定なことが多い。「選好」の顕在化したものを「選択」ということもできる。また「選択」は、それを判断するための何らかの基準で決定されるものである。
 この「選好」を医療の場面で考えると、歯科医師や医療スタッフの表情や態度などに対する感情という患者の「内的な選好(internal preference)」と、歯の審美性や、治療費、受診期間などに関わる「外的な選好(external preference)」に分けることができる。前者は、患者が歯科医師と出会った瞬間に判断されるものであり、それまでの患者がもつ歯科医師に対するイメージに左右されることが多い。しかし、この瞬間的な判断が、その後の歯科医師に対する信頼(trust)に影響するものであり、この選好が叶えられることは、「選好の充足(preference satisfaction)」として医療に対する満足度にも関わるものである。後者は、患者が提示された治療法に対するものであり、その人の歯の価値や効用によってプライオリティーがつけられ決定される。そしてこの選好は治療の過程や健康教育のレベルによって変化していくものであろう。例えば、初診時の患者の主訴と歯科医師が勧める治療内容の範囲が異なる場合、患者がその治療内容を評価して受け入れていくプロセスがある。
 一方「選択」を医療の場面で考えると、まず医療機関の選択がある。しかし、受診前に得られるその医療機関の情報は極めて乏しいものであり、選択理由としてあげられる「よく説明する」ということは、受診前の患者の懐疑的な心理や不安として容易に理解できる。しかも、通院中に歯科治療を躊躇した経験のある者が43.6%あり、そのなかで受診を中断した者はわずかに9.1%だったという報告3)にもみられるように、一度通院が始まると患者はなかなかそれを中断できないものである。また、提示された治療法に関する「選択」は「外的な選好」が顕在化したものといえる(図1)。

選好分析で示される「歯の効用」
 個人の口腔保健に対する選好は、その人固有のものであるが、その程度を測定するために経済学の手法が応用されている。費用・効用分析では、健康結果の尺度としてQALYs(質調整生存年)が広く用いられ、このqualityを調整するウェイトに、個人の健康状態に対する選好(preference)を反映した効用指標がある。 Fyffeらは、歯科医師と一般成人を対象に、いくつかの歯の健康状態に対して、「いま治療すればその後一生その歯の健康は保たれる、しかしある確率で抜歯となる危険もある」という想定で、その人が治療に同意する場合の治療成功率を歯の効用値として示した4)(表1)。これは、選好ウェイトの測定法としてスタンダード・ギャンブル(standard gamble)を用いたものであり、表中の「0.46」は、治療によって54%の確率で抜歯となるリスクがあっても、その治療を受けたいというその人の判断を示している。
 日常の臨床では、歯科医師が患者にface to faceでレントゲンやその他の検査結果の提示と治療途中の説明を行い、多くの患者は納得して治療が進められる。しかし、歯科治療の場面で、この患者の納得(acceptance)に歯科医師側がかなりの説明を要する場合や、患者の選好を見逃して無意識に治療を進めてしまう場合もある。選好分析の手法は、治療の前提として個々の患者に調査することは困難であるが、これらの研究結果から示されたデータは、歯科医師が治療法を提示する場合に有効なものである。

文献
1. Matthews,DC, Gafini,A, Birch,S: Preference based measurements in dentistry: a review of the literature and recommendations for research, Community Dental Health, 16,5-11, 1999
2. Birch,S. and Ismail, AI: Patient preferences and the measurement of utilities in the evaluation of dental technologies, J Dent Res, 81, 446-450, 2002
3. 安川文朗:消費者は予防歯科をどう受け入れるか?-予防管理型歯科プログラムに対する消費者の選好分析結果から-,日本歯科医師会雑誌,55,829-842,2002
4. Fyffe HE, Kay EJ: Assessment of dental health state utilities, Community Dent Oral Epidemiol, 20, 269-273, 1992

                  (The Quintessence, 23(2),476-478,2004)



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